ゆるふわ無職氏、その生い立ちや思想に迫る -2021年末インタビュー

“ゆるい無職”を自称し、インターネット上で活動を行う謎のニート、ゆるふわ無職氏。

今日はその生い立ちや思想に迫る。2021年12月、実録インタビュー。

 

ーーこんにちは、今日はよろしくお願いします。

はい、よろしくお願いします。

ーー2021年も終わりを迎えますが、今年はどうでしたか。

うーん、別に普通ですかね。淡々と生活してただけな気がします。

でも、年末に1年ぐらい続けた清掃バイトをやめました。

ーー何か原因やトラブルがあったのでしょうか。

いや、別にこれといった理由もなくて、働きやすい職場だったんですけど、「そろそろなんか違うな」って思っちゃって……(笑)

ーーそれはなんともざっくばらんとした理由ですね(笑)

正社員で良い待遇だったりしたら、気軽にやめられないですけど、バイトなんていくらでもありますからね。

そういう失うものが無い故のフットワークの軽さは活用していきたいと思っていて。

ーー金銭的な不安は無いのですか?

貯金はあんまり無いですけど、節約ビンボー生活なら1年ぐらい続けられるお金はあるんで、別に今すぐ死ぬわけじゃないし、考えてみれば現代日本で野垂れ死ぬ方が難しいっていうか、まあ生きてるんだからなんとかなるだろうって感じです。

ーー生きてればなんとかなる、と。

そうですね。生きてればなんとかなるんです。逆に、僕の場合、メンタルが落ち込んだり、ストレスを抱え込んでいた方が死に近づきますね。

ーー確かに、突発的に自死してしまったりするのは、過度なストレスを抱え込んでいる方が多いような印象です。

テキトーにその日暮らししていくか、ストレスフルなサラリーマン生活をしていくか、シンプルに死ぬ可能性が低い方を選んでるだけなんです。自分の場合は。

ーー現代の生存戦略ですね。

個人的には、狩猟採集民に近い感覚で生活しています。

ーーあの、狩りをしたり、どんぐりを拾ったりする?

その狩猟採集民です。彼らは1日に5時間ほど、必要な分しか狩りをしないそうなんですけど、僕もそんな感じですね。

必要なだけバイトして、必要なだけの生活を営むだけ、というか。

ーー言ってることは分からなくもありませんが、老後が不安になったりはしないのでしょうか。

そりゃ、不安ですね(笑)。死ぬ前は苦しむんだろうし、死んだらどうなってしまうんだろう、なんて考えてしまいますよ。

孤独死とか、自分で自分の生き方の責任を負うこともあるでしょうね。

ーーそれでも働かないと(笑)?

うーん、まあ、老いたり、病気になったり、最終的に死んでしまうのは仕方ないことですよね。

それに、自然の摂理というか、散々他の命を奪って生きてきたのに、自分だけは安らかに死にたい、っていうのはちょっと傲慢な気もします。

ーー先ほどからなんだか現代離れしたことをおっしゃってますね。

そうですね。僕は釣りが好きなんですけど、釣った魚をナイフで絞めて、捌いて食ったりする訳ですよ。

今まで激しくのた打ち回っていた魚が、頚椎にナイフを差し込むと大きく痙攣して血を出しながら動かなくなる。慣れたとはいえショッキングですよね。

でも、そういう自然のサイクルに身を持って関わってみると、その中で生きているという実感が湧いてくる。

農業や漁業に従事している方は死に対する抵抗が低いというデータもあるそうです。

ーーなるほど、実際の狩猟採集民たちもそのような自然のサイクルの中で生きているという実感があるからこそ、その日暮らしを受け入れているのかもしれません。

それはありそうな気がします。

別に自然派とかスピリチュアル系ではないんですけど、現代の人間は機械的な在り方に寄りすぎっていうか、もう少し動物的であってもいいんじゃないかと。

 

ーー将来に対する考えや死生観はなんとなく分かりました。でも、家庭を築いたり、子供を持つことに憧れはないのでしょうか。

うーん。僕は全然無いんですよね。あんまり暗い話はしたくないんですけど、家庭環境があまり良くなかったというか、家族に良いイメージが無いんですね。

だからそれを再生産しようとは思えない。子供が嫌いとかじゃないんですけどね。

ーーせっかくの機会なので踏み込んで聞かせて頂きたいです。

わかりました。

インターネット上で「過干渉の母親と無関心の父親の子供はニートになりやすい」という説があるんですけど、聞いたことありますか(笑)?

ーーなんかそれ、有名ですよね(笑)

僕の家庭もまさにそんな感じでした。

具体的な研究データがある訳じゃないですが、これだけ実例が多いと何かしら相関を感じてしまいますね。

まず、父親の話からすると、まともに会話したことも無いっていうか、褒められたことも、怒られたこともないって感じです。

ーーそれはなんだか寂しいですね。

そうですね。僕、未だに父親のことがどういう人間なのか分からないんです。

土日休みも家に殆どいなかったし、いてもテレビを見てるだけ、みたいな。

もちろん、ここまで家族を養ってくれたり、学費を出してもらったりしたことには感謝してるんですけどね。

ーーなるほど、お母さんの方はどうだったんでしょうか。

僕にとって問題だったのは母親の方でしたね。

悪口を言いたい訳じゃないんですけど、ヒステリックで、見栄っ張りで、支配的というか。

気に入らないことがあると、キレたり暴れたりするみたいな。

よく父親の悪口を言ってきたり、「あんたがいなかったら離婚するのに」とか言ってくるとか(笑)

ーー幼い子供にとってそれは恐怖でストレスですね。

はい。それと、母親はいわゆる教育ママっぽい所があって、「男ならいい大学に入って、いい企業に入って、いいお嫁さんを貰いなさい」とか、そういうことを刷り込んでくるわけですよ。

別に言ってることが全て間違っている訳ではないと思いますけど、実が伴ってないというか、世間体を気にしているような所をどうしても感じてしまいました。

大学とか受験の事情を全く理解してないのに口を出してくるとか、実態より知名度を優先するとか。

ーーそれらの教育がゆるふわ氏にどう影響を与えたのでしょうか。

そう育てられると、やっぱり極度の他人軸人間になる訳ですよ。

人の顔色を常に窺って、家族や社会が求めてくる理想の姿に常に順応しようとしてしまうような。

これは非常に生きづらいですよね。自分で言うのもアレですけど。

あとはやっぱり学歴主義とか、年収主義とか、社会のレールから外れたら終わりだとか。

そういった刷り込みも激しかったですね。

ーー今と真逆のような価値観ですね。

そうですね。僕は別に昔から自由人タイプだった訳では全然無いんです。

むしろ、伝統的価値観に激しく囚われた人間というか。

そんな人生を送っていたんですけど、大学時代に遂に鬱になってしまったんです(笑)

家族や社会に求められる生き方に従っていたら、何の為に生きているのか分からなくなってしまって。

よく考えたら自分で主体的に生きていなければ、そうなるのは当たり前かもしれないですけどね。

ーー鬱になってからはどうだったのでしょうか。

なんとか大学は卒業したんですけど、僕はそのまま鬱病のニートになったんです。

本当に1年ぐらいずっと寝込むような。流石にあの時はつらかったですね。

寝て、飯を食べて、排泄するだけの廃人というか。

何もない時間は、「ニートになったら終わり」とか今までに思っていたことがそのまま襲いかかってくる訳ですよ。

こんなんじゃ症状が良くなるはずもない。

ーーそれは大変でしたね。どうやって立ち直ったのでしょうか。

うーん。一概にこれとは言えないんですけど、まずは時間ですかね。

重度の鬱はひたすら休むしか対処法が無いと思います。

あとは、ちょっと元気になってきたら、運動とサウナと読書でしょうか。

特に読書は僕に影響を与えたというか、いろんな本を読んでみたら、「自分で自分を苦しめていただけ」って思えたような気がします。

それから価値観や生き方が裏返って寝そべり族的な生活に落ち着いた感じですかね。

(寝そべり族:最低限だけ働いて生きていく中国の若者たちのライフスタイル)

この辺りは長くなりそうなのでまたいずれ。

ーー分かりました。家庭環境の話題に戻りましょう。先ほどの話では、「男なら~」というジェンダー的な押し付けも感じました。

すごい覚えてるんですけど、母親に「あんたが女だったら好きなように生きてもいいけど、男なら稼いで奥さんを貰わなきゃね」みたいなことを言われたことがあって。

ーーそれは女性にもなんだか失礼なような。

そうですよね。

そして、僕の方は結果的に逆張りというか、「稼がない・家庭を持たない」みたいなアンチテーゼな存在になってしまった訳ですけど(笑)

現代では、「男なら稼げ」とか「女なら産め」という古典的価値観に切り込んでいこうという風潮がありますけど、自分は「まず降りるしかない」って思ってます。

ーー主張よりまず実践だと?

そうですね。少なくとも、今の社会はジェンダー規範を破っても逮捕されたり、他人に直接迷惑をかけるということはない。

そう考えると、文句を言っている人は文句を言いたいだけなんじゃないか、なんて考えてしまうこともありますね。

まあ、それを実践するにあたって困難があり、付随して主張が生じるというのは理解できますが。

ーージェンダー論に関しては厳しめの意見を感じます。

僕はツイッターとかのジェンダー論争が全く好きじゃないんですよね。

ああいうのってインフルエンサーが火種を煽って、お金を稼いだり、信者を増やしているだけじゃないですか。

「男/女だけ得してる」とか「男/女だから損してる」って思ってしまうようなことは誰にだってありますよ。

でも、男も女もつらいことがあるに決まっている。

どちらかが過度に得をしていたり、過度に損をしているということはないと思うんですよね。

例えるなら、ポケモンの赤バージョンと緑バージョンを選べないでやらされるみたいな。

でも、それって結局は与えられたものをやっていくしかないですよね。

「赤バージョンはクソ!」とか「緑バージョンはクソ!」とか言っていてもどうにもならない。

「最近の若者」とか「老害」とかもそうなんですけど、一部の悪質な人を例に全体を貶めるのが僕は好きじゃないです。

ーー男性的な在り方を強制された反動で、フラットな方向に思想が向かっているように思いました。お母さんのことは、ぶっちゃけ恨んでいるのでしょうか。

それは難しい問題ですよね。

もちろん、優しくしてもらった記憶もあれば、飯を食わせてもらったことには感謝してます。

旧世代的な価値観だって、その時代で育ったのだからしかたない。

母はよく一方的に自分の言いたいことをまくし立てるように話してきて、それも苦手だったんですけど……。

その話を聞いてみると、厳しい家庭で育ったり、高卒をコンプレックスに思っていたり、30過ぎのお見合い婚だったり、いろんな要因がありそうなんですね。

僕は「人間は遺伝と環境の奴隷」だと思ってるんですけど、そう考えると何を恨めばいいのか分からなくなる。

親は悪くなく、その祖父母や時代が悪い。しかし、祖父母は悪くなく、その祖祖父母や時代が悪い……。

どんどん遡っていけば、ビッグバンが全て悪いことになってしまう(笑)

全ての家庭問題がそう割り切れる訳ではないでしょうし、僕はまだマシだった方なのかもしれませんが、そういう考えもあるということです。

具体的な解決方法としては、合わない家族とは距離をある程度置くのがいい気がしますね。一回家を出てみると、客観的に考えることができたりする。

親子の問題は簡単に割り切れるものではないので、本当に難しいなと思います。

 

ーーなんとなくゆるふわ氏の背景が分かったような気がしました。ありがとうございます。それでは、家族や子供のテーマとも関連して、今年話題になった「反出生主義」や「親ガチャ」問題についても意見を伺いたいと思います。

うーん、僕は多分、「全ての生き物が安楽死して宇宙が消滅するボタン」があったら、押しちゃう方のタイプなんですよね……(笑)

(反出生主義:人間は生まれない方がいい。または子供を作らない方がいいとする思想のこと)

(親ガチャ:生まれ持った能力や環境によって人生が決定されてしまうことをソーシャルゲームのガチャになぞえられたスラング)

ーー反出生的な思想を持っていると?

いや、反出生寄りかもしれないですけど、反出生主義ではないです。

実際、そんなもの(安楽死ボタン)は存在しないから、今ある社会をなんとかしていかないとダメだよね、みたいな。

ーー意外とポジティブですね。

とはいえ、生まれることは理不尽だと思いますよ。

それこそ、親ガチャじゃないですけど、生まれ持った肉体と環境に人生を左右されて、必ず苦しみを経て死に至る。

「生まれない方がいい」って理屈もめちゃくちゃ分かりますね。

ーー明るいのか暗いのかよく分かりません(笑)。ではなぜ、反出生を支持しないのでしょうか。

一言で言えば、コントロールできないからですかね。

そもそも、なぜこれまで人類が子供を生んできたかと言えば、「セックス(性愛)ぐらいしか娯楽が無かったから」「生きる為に子供(働き手)が必要だったから」「子供の死亡率が高かったから」辺りだと思うんですよ。

ーー概ね同意です。

今の日本はいろんな意味で行き詰まっている。飽和と呼んでもいいですが。

様々な娯楽がありますし、1人でも生きていけないこともないし、人がすぐ死ぬこともない。

しかし、労働の苦しみは強く存在する。

生きる為に働くのではなく、働く為に生きるような時代になってしまった訳ですね。

こんな時代では「人は生まれない方がいい」と主張する人々が増えるのも当たり前ですよ。

ーー現代人の思想が影響しているのかどうかは分かりませんが、経済的な問題からも、出生率は大きく減少していますね。

はい。それでは、このまま出生率が低下して、日本に全く人間がいなくなってしまったらどうなると思いますか?

ーーうーん、海の向こうから新しい人々がやってくるですかね?

僕もそう思います。これは決して人種差別や民族差別の話ではないんですけど、空いている豊かな土地があったら、そこに新たな住民がやってくるのは当たり前の話ですよね。

結局、人が減っても、新しい人がやってきて増えるだけというか、人の営みは続く。そこから逃れられることはできないと思うんです。

ーーそういう意味で「コントロールできない」と。

そうですね。我々はシステム的に子供を作るようにされているのですから、その流れに逆らうのは難しいことですし、自分は神様じゃないので、他人が子供を作るのを止めたりはできない。

そういうコントロールできないことに強く執着しても、苦しむだけ、というのが自分の主張ですかね。ちょっとドライで冷たいようですが。

それに、今の日本社会はなんだかんだ言ってかなり高度です。

平和で人権は保障され、理不尽に苦しんだり、殺されたりしていまうことは殆どない。

むやみに人口を減らして、文明が衰退して、苦しみの多い野蛮な時代に戻ってしまうぐらいだったら、これからをなんとかしていく方がいい。

そういう意味でも反出生に傾倒しすぎるのは良くないかと。

ーー「全員が安楽死するボタン」があれば押すが、現実的には世の中を善くしていくしかないということですね。

そういうことですね(笑)

あと、重要なのは「安楽死して宇宙が消滅するボタン」だってところです。

ーーなぜそこが重要なのでしょうか?

例えば、人類が全員死んだとしても、イカだかタコだか分かりませんが、いずれ次の知的生命体が生まれる訳じゃないですか。

ーー次に地球を支配するのはイカみたいな話がありますね。

そのイカたちも、争いの絶えない苦難な時代を経て、文明を築くと思うんです。

そして、飽和した時代を生きるイカたちはこう言う訳ですよ。

「イカは生まれない方がいいイカ!」……と(笑)

ーー人間が滅んでも歴史は繰り返されるだけだと。

その通りです。

仮に、地球が完全に爆破されたとしても、どこかの星で知的生命体が生まれるかもしれないし、宇宙が終わってまた始まって、再び地球が生まれるかもしれないじゃないですか。

だから、この世界を根本的に消滅させないと意味がない(笑)

でも、そんなことはできないので、我々は人間の業というか、この世界が存在している業、言うならば、無から生命が生まれようとする意志だとか、物質が変化しようとする意志。

そういったものと関りながら生きていかなければならない、というのが個人的な結論ですかね。

 

ーーなるほど、大観的な思想ですね。センシティブな話題ですが、ゆるふわ氏自身は「生まれない方がよかった」とか自死を考えたことはないのでしょうか。

めちゃくちゃありますよ。今も死んでしまいたいぐらいです。生きるのってなんでこんなにめんどくさいんでしょうかね(笑)

ーーずいぶん大胆な告白です(笑)。嫌な言い方をしてみますが、だったらなぜ死なないのですか?

うーん。僕は死んでも意味がないと思ってるんですよね。

さっき、「宇宙が終わってまた始まる」って言ったんですけど、そういう「永劫回帰(えいごうかいき)」や「ジョジョ六部」のような、死んでもまたいつか次の宇宙で自分が発生するだけだろう……みたいな思想があって(笑)

ーーいきなりぶっ飛んでいてよく分かりませんが……(笑)。まず、永劫回帰とはなんでしょう。

永劫回帰はニーチェが唱えた概念ですね。あの「神は死んだ」の哲学者ニーチェです。

うーん。まず、宇宙は始まりと終わりを繰り返すじゃないですか。

ビッグクランチ理論っていうんですけど、ビッグバンから始まって、膨張して、収縮して、一点に戻って、またビッグバンが起こると。

ーーそう言われていますね。

それならば、(おそらく)時間は無限なので、永遠に宇宙は始まりと終わりを繰り返すことになりますよね。

地球は奇跡の星だとか、生まれてきた奇跡に感謝しようとか言いますけど、無限に試行を繰り返したなら、そういうことがいくらでも起こると。

僕らのこの人生も何も特別な事じゃない。ただ、永遠に発生する繰り返しの1つに過ぎないんです。

ーーつまり、死んでも、また宇宙が無限に繰り返されて、いつか自分が生まれてしまうと。

そんな感じですね(笑)。また生まれちゃうなら、そんな急いで死ぬ必要もないかな、みたいな。

ーーずいぶん宇宙的なスケールのニートですね。

あと、「生まれない方がよかった」ってよく言いますけど、これも僕は不可避なものだと思ってるんです。

ーーどういうことでしょうか。

「親ガチャ」って言いますけど、あれって言い直せば、遺伝と環境のガチャってことじゃないですか。

これは厭世観とかではなく、事実なんですけど、僕らの人生はやっぱり遺伝と環境で決まってしまう訳ですよ。

でも、逆に考えてみれば、「そういう条件」が揃ったからこそ、今の自分が生まれているとも考えられますよね。

おそらく、条件の方が先立って存在していて、自我はそれに付随して発生したものなんです。

ーーなるほど。「たまたまこの時代に生まれた」ではなく、「遺伝と環境の条件が揃ったからこそ、今の自我が発生している」と。

はい。そう考えれば、生まれることは不可避ですよね。

永劫回帰の思想とも関連しますが、無限に宇宙が繰り返されるなら、どんなに天文学的な確率でも、いつか「自分が生まれる条件」は揃ってしまう。

それならば、観念して自分の人生をやっていくしかない。

そういう意味では、僕は意外と人生というものに折り合いを付けています。

 

ーーネガティブでもなければ、ポジティブでもない、虚無的な思想を感じました。それでは、最後に来年の目標を教えてください。

特に目標とかはないですね。生きてればいいなって感じです。

ーーそれは随分低いハードルですね(笑)

なんとなく生まれたなら、なんとなく生きてればいいだろうっていう(笑)

最近、よく思うんですけど、自分の生活を気取りたくないんですよね。

ーーどういう意味でしょうか?

やっぱり、社会からドロップアウトすると、「自分はこんなに自由なんだぞ!」とか「自分はこんなに面白いんだぞ!」みたいな主張を繰り返すパターンに陥る人が多い訳ですよ。

行き場のなくなった名誉欲や自意識がインターネットで暴れ出すみたいな。

そういうのって全然自由であるように見えないよな、っていう。

まあ、これはもちろん自戒も込められているんですけどね。

ーー確かにインターネット上でよく見かける光景ですね。

逆に言えば、人生の王道コースから外れるとそれぐらいしかやることがなくなっちゃうんでしょうね。

僕もいろんな人にフォローしてもらえるのは嬉しいんですけど、あまり過激なことを言ったりはしたくない。

ギラギラしたものは見ているとなんだか疲れるし、それはもうビジネスですよね。

ーーオンラインサロンみたいな。

そうです。僕の生活なんて人を集めたりする要素は何もないですよ。

ただ、実家なりシェアハウスなり、激安賃貸なり中古物件なりで、最低限のバイトをしながら、質素な生活をするだけ。

水道水を飲んで、30円の豆腐でも食べてください。

ーーそういう生活はつらくないのでしょうか?

うーん。そりゃ、たまには贅沢したいなとか思いますけど、その分のんびり暮せているんだから、仕方ないことですよね。

ーー納得していれば、大丈夫だと。

そんなところです。まあ、万人に勧めるようなものじゃないですけど、「そういう生き方をしてる人もいるんだな」とか、「死ぬぐらいだったら寝そべり族になろう」とか考えて貰えばいいんじゃないですかね。

働き過ぎて死ぬとか、ニートの罪悪感で死ぬとか、みんな極端過ぎるんです。

ーーなるほど、私も人生が限界になったら寝そべり族になって、ニーチェでも読んでみようかと思います。

ぜひ、そうしてください(笑)

ーーそれでは、本日はありがとうございました!

こちらこそ、ありがとうございました。

(END)

 

前回のインタビューはこちら

日本の「寝そべり族」インタビュー – なるべく働かない人の生態に迫る

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