社会の犬レベルが上がってしまった

グーグルアドセンス(Googleの広告サービス)に通過した。

前には無かった広告が出ていると思う。少し見にくくなってしまって申し訳ない。

このブログは2021年の3月頃に作ったのだけど、なかなか審査が通らなかった。

「働きたくない」、「自死について考える」、「脱資本主義」などのテーマを書いてるから絶対に通らないのかなぁ、なんて考えたりしたけれど、カテゴリーとデザインの整理をしたら案外あっさり通過した。

なにかの記念なので「働きたくない的な文章を書くこと」についての振り返りと理由を語ってみる。

元々、自分はnoteで記事を投稿していた。なんだかんだ合計で13000pvぐらいあった気がする。

シンプルなデザインが好きだったし、投げ銭を貰ったりした時は嬉しかったが、最終的には移転を選んだ。

結局は「情報教材の巣窟」のようなイメージが覆せなかったのだ。

全体として「知性さ」「スマートさ」をウリにしていたからこそ鼻に付くと言えばいいのだろうか。

サブカルチャー寄りの人々がエッセイや写真を投稿しているような雰囲気は嫌いではなかったのだけど、「ずっとここで文章を書いていくのか?」と考えると自分でサーバーを借りてサイトを立ち上げようと思ったのだ。

常に思うのは「シャバい(ダサい)ことをしたくないな」という気持ちだ。

ニートだからこそ、自分なりの美意識を持って生きていきたいというか。

逆に言えば、中途半端なプライドを持ってるからこそニートなんてやっているのかもしれないけれど。

このブログも読みやすいというよりは文章をゴリゴリ書いていく方針だし、いわゆるブロガーみたいなキラキラさは無い。

無骨で時代遅れなのかもしれないけれど、自分は嫌いじゃないスタイルだ。

だが、「脱資本主義!」「広告に踊らされるな!」とか言いつつアドセンスを貼っているのはすごくシャバいことである。

まあ、言い訳としてはこんな感じだ。

① サーバー代で赤字であるので勘弁してほしい

このサイトを運営するのに月1000円ほどのサーバー代が掛かっている。

自分の生活はなるべく自分でなんとかしていこうと思っているけど、余裕がある訳ではないので、トントンぐらいにしていきたい。

② 完全に脱資本主義は無理なので「犬レベル」を意識していく

資本主義に対しては「クソだな~」と思うけど、最悪というわけではないし(というかマシな方)、その恩恵に与っている部分も大きい。

今から完全に文明の利器に頼らずに森で暮らすなんていうのも厳しい話だ。

思うに、「犬レベル」を意識することが大切なのだ。

「資本主義の犬」なんて言葉があるけれど、まさしく、経済を発展させる為だけのエコノミックアニマルとしては生きていきたくない。

完全に「脱資本主義」は難しいかもしれないが、「なるべく働かない」「素朴に暮らす」「自然的な生活に回帰」などオルタナティブな生き方をする人々が増えることによって、社会は別の方向に向かっていくのではないだろうか。

今回はアドセンスを貼ったことによって犬レベルが上がってしまった。クゥ~ン。

「なぜ文章を書くのか?」については以下である。

① 綺麗事としては「人助け」

「ブラック企業による過労死/自殺」や「ニートの自分は価値が無いから死んでしまおう…」みたいなものを無くしていきたい。

「死ぬぐらいだったら自分みたいに適当に暮らそうぜ」と伝えていきたいのだ。

② ニートが増えると自分にも都合がいい

「人助け」は嘘をついている訳じゃないけど、自分に都合がいいという側面もある。

「適当に生きる人々が増える」→「そのような生き方が許容される社会になる」→「自分が暮らしやすくなる」

という訳だ。

まあ、社会がどうであれ、自分はずっとこんな感じで生きてくと思うのだけど。

もっとみんな「野良」になってもいいんじゃないのだろうか。

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