かくごのじゅんびをしておいてください

■ 中年独身狂う説

インターネットを見ていたら

「35歳!中年独身男性は狂う!」

という言説が話題になっていた。

(前にも「独身は45歳で狂う!」とか、同じような内容が話題になっていたような気がするが)

まあ、個人的な感想を述べるなら、それも否めないよね、とは思う。

社会的動物としてはパートナーを見つけて家庭を築くのが正常なことなのだろうし、精神的にも自分のことばかり考えていると、あんまり良くない方向に「煮詰まってくる」ような気がする。

現に、20代後半の自分でも「しんどいなー」と感じることはあるものだ。

20代後半でこれだったら、30代、40代、50代はどうなってしまうのだろう。

やはり、どこかおかしくなってしまうのだろうか?

(まあ、自分の場合は「鬱病の後遺症」や「なるべく働かない生活」も要因に絡んでいるとは思うが)

 

■ 「ポルノ」を見ている人は結局同レベル

とはいえ、そのような「中年独身狂う説」を否定はしないものの、「やっぱり独身は狂うw」とキャッキャッ喜んでる人々も、精神的なステージとしては「狂った独身」と大して変わらないのではないだろうか。

この問題は(それを揶揄する取り巻きも含めて)中年になり精神的に不安になる、「ミドルクライシス(中年の危機)」が本質なのではないかと思うからだ。

ミドルクライシス(中年の危機)
……中年期に現れる葛藤や焦燥感、人生やアイデンティティに対する問い、鬱病や不安障害、のこと。

人間なら誰しも、「自分の生き方は、人生は、正しいのか!?」と不安を抱くものである。

特に、中年になって、取り返しのつかない段階になってくると、それが顕著に表れるのだろう。

これが面白いのは、この症状はいわゆる「真っ当な人生」を送っている人にも、よく現れると言われていることだ。

就職して、結婚して、子供を作って、家や車を買う。

そんな「正しい」生活をしている人も(だからこそ?)ミドルクライシスを抱くのだという。

(ミドルクライシスの話は何かの本で読んだのだが出典を失念してしまった。申し訳ない)

 

そして、そうした不安(ミドルクライシス)を抱いた人々は、「自分を気持ちよく肯定してくれるインスタントな言説」を求めるようになる。

結婚して虚しい生活を送っている人々は、「独身は狂うw オレたちは社会をやっていこうな!」という意見に縋り、

独身で虚しい生活を送っている人々は、「独身こそがスマートな生き方! あなたはあなたのままでいい――」という意見に縋るようになるというわけだ。

 

僕はこういった、「無条件に”そのままの自分”を気持ちよく肯定してくれるもの」を、個人的に「ポルノ」と呼んでいる。

(冴えないオタクがなぜかかわいい女の子にモテてセックスさせてくれる……パッとしない女子がなぜかイケメンにアプローチされ迫られる……そういうのは「ポルノ」あるあるだろう)

ニート界隈で言えば、「ニートはこんなに楽しくて最高!」とか「セミリタイアこそが賢い生き方だ!」とかはポルノの一種である。

「ポルノ漬け」からの「搾取」……そして、提唱者はあなたの人生の責任を取ってくれるわけではない

 

■ 覚悟のススメ

では、そういった「ポルノ」の落とし穴にハマらないようにするためにはどうすればいいのか。

こんな泥臭いことを言うのは少し恥ずかしいのだが、そこにはある種の「覚悟」が必要であるように思う。

「覚悟」とは、ひとことで述べるなら

「私は私の意志でこの人生を選択した。その結果に責任を負うし、どのような結末になったとしても何も文句は言わない」

という決意のことである。

もちろん、これは「中身」には関係ない。

独身者だろうが、既婚者だろうが、ニートだろうが、サラリーマンだろうが、要するに「覚悟」の有無が本質的な問題なのである。

「覚悟」を持った人にポルノは必要ない。

逆に、そうした社会や他者の評価を窺ったような生き方や、エコーチェンバーによる虚勢の形成が低俗なものに思えてくるものだ。

その道を進むと決めたのならば、ただ、その道を歩むだけなのである。

 

……と、エラソーなことを言いながら、そんな仰々しい覚悟が自分にあるわけではないのだが。

 

(ブラック企業のヤバ上司にブチギレて無職になったけど精神的に満たされて死んでいったブチャラティさんを僕はリスペクトしてます)

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