脳内261009

■リラックス
初心に帰りました。やはり、人間は脱力が重要です。リラックスおじさんになろう。

リラックスはあらゆる悩みに対応可能だ!

「働きたくないです」→「リラックスしとけや」
「好きな人にフラれました」→「リラックスしとけや」
「お金がありません」→「リラックスしとけや」
「鬱病で毎日死にたいです」→「リラックスしとけや」
「余命3ヶ月と診断されました」→「リラックスしとけや」
「なぜこの世界は存在するのですか?」→「リラックスしとけや」

■かわいい
「かわいい」とは何か? ということを昨日寝る前に考えていた。
私たちは「かわいい」という表現を日常的に使っているが、よくよく考えれば、この「かわいい」とは、いったいどこから湧き上がり、何を意味しているのだろうか?

まずは、かわいいとされるものを挙げてみたい。
小動物、例えば「子猫」や「ハムスター」なんかはかわいいものだろう。
似たような例だと、「赤ちゃん」もかわいいものだ。
あと、男性的目線からすれば、「女の子」もかわいいと言えるはずだ。
他は何があるだろう……キャラクターもかわいいものだろうな。「ちいかわ」もかわいい。

では、こうした「かわいい」対象に対して、私たちは何を求めているのか?
例えば、目の前にくりんくりんの子猫がいたら、私たちは何を欲するのか?
それは、
「あ~♡ かわいいねこちゃんでしゅね~♡ わしゃわしゃわしゃわしゃ~♡」
と思いっきり抱きかかえて、撫でまわすことではないだろうか?

では、「かわいい」の正体とは、庇護欲、あるいは保護欲なのだろうか?
対象を守護まもりたい、庇いたいという欲求こそが「かわいい」の正体なのだろうか?

いや、それは「かわいい」の本質ではないのだ。
むしろ、「かわいい」の本質とは、「あやうさ」にあるのではないか?

先ほどの「撫でまわす」という例にも、その兆候は見えていたが、私たちは「かわいい対象」に対して、加害欲を抱くこともある。
いわゆる、キュートアグレッションである。

キュートアグレッション(英: cute aggression)とは、人間の赤ちゃんや幼い動物など、かわいいものを見ることによって引き起こされる皮相的な攻撃的行動・衝動の総称である。

キュートアグレッション体感中の者は、可愛いと思った対象を見た際に実際に害を及ぼすことを意図することもなく、自分の歯を食いしばったり、拳を握り締めたり、かわいいと思った対象を噛んだり、食べたり、つまんだり、きつく抱きしめたいという衝動を感じることがあるとされる。

Wikipedia キュートアグレッション

例えば、漫画『ちいかわ』では、主人公の「ちいかわ」をはじめとするキャラクターたちが、作中でしばしばひどい目に逢う。こうした描写は、作者のナガノによるキュートアグレッションの表れではないか、とよくファンたちの間で解釈されている。

これが「軽いちょっかい」や「フィクションの中の出来事」に留まるのであればいいが、こうした「かわいいもの」に対する加害欲は、現実のサディズムにまで昇華されてしまうことがある。
例えば、動物虐待や女性への(性)暴力などである。

正直に言えば、私の中にもそうした欲動が潜んでいることは否めない。
昔実家で小型犬を飼っていたとき、あるいは女性を抱きしめているとき、「私がこのまま思いっ切り首をへし折ったらこの存在は死んでしまうではないか!?」という想像が不意に頭をよぎり、何度も恐怖を覚えたことがあるものだ。

だから、結論を言えば、「かわいい」の本質とは「あやうさ」であり、その「あやうさ」を安定させたいという欲動こそが、「かわいい」に対する欲望の正体なのである。
ここで言う「安定」とは、必ずしも「安全な状態に置く」ということではない。対象の不安定性を解消することだ。
まず一方は、対象を「こちら側」に取り込むことである。自分のものにしたい、守りたい、庇いたい。対象を自分の庇護のもとに置き、その存在を「生の領域」に保存しようとする欲求である。
もう一方は、対象を「向こう側」に追いやることである。傷つけたい、壊したい、消し去りたい。対象を徹底的に破壊し尽くし、「死の領域」に落とし込んでしまおうとする欲求である。
壊れないように守護まもることも、壊れようがないほどに破壊し尽くすことも、どちらも「安定」なのだ。
これが「かわいい」に対する欲動の正体である。
(かわいいものは丸っこい。丸っこいものとは、球である。球とは転がりやすく不安定な存在である。人間は球を安定させることを求める)

このように考えると、男性のセックスというのは、この「かわいい」に対するアンビバレントな欲動を同時に満たそうとするものだと言えるのではないか。
かわいい女性を抱きしめ、自分のものにしようとする。それは、対象を「こちら側」に取り込み、生の領域に保存しようとする欲望である。
その一方で、腰を破壊的に打ち付け、相手を崩壊させようとする。それは、対象を「向こう側」に追いやり、死の領域へと落とし込もうとする欲望である。
「あやうさ」をまとった人間はモテる、という話はよく聞くが、こうした分析を踏まえると納得できるものだ。

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