邦画やドラマを観れないオタクくん

今日、銭湯でサウナに入っていたら、ドラマをやっていた。

自分は基本的にテレビを見ないし、サウナではアンチテレビ派なのだが、最近は与えられた環境を受け入れ、なるべく楽しむのがベストなのではないか?と考え、それなりにテレビを眺めることにしている。

うーん、でもドラマはやっぱりキツいな。

見ててゾワゾワしちゃうっていうか。

個人的な嗜好を言うと、アニメや洋画は泣けるし感動する。けど、邦画や国内ドラマは観るのがしんどい。(例外的に素晴らしい作品もあるけどね)

更に言えば、韓国映画は面白いと思う。アニメや洋画の方のグループ。

この違いや原因はなんだろうと考えてみた。

単に自分が、「邦画のサムいノリや演技をバカにしているアニメ好きで”海外映画通”気取りのオタクくん」である可能性も考えたが、もうちょっと複雑な理由である気がする。

まず、大衆的な邦画やドラマは、日本人が見慣れた日本の風景で演技をするので、”日常”として自分が認識してしまうのだと思う。

日常を観ている感覚で画面を眺めてしまうので、演技風な会話やリアクションをされると、街中で「イタいやつ」を見かけてしまったような気分になり、まともにストーリーを追うことや、感情移入をすることができないのだ。

キャラクターにしても、「ただのコスプレじゃん」とか思ってしまったり、展開にしても、「そんな都合の良いことあり得ないだろ」とか考えてしまうのである。

基準が”現実”だから楽しめない。

そして、その逆に、アニメや漫画は、完全に”物語”や”フィクション”として、その世界に没入できるのだと思う。

イラストは明らかに”創作”であるし、前提として、”面白い架空のストーリーが展開されるモノ”という認識を持っている。

つまり、基準が”架空”なので楽しめる。

ここで、自分がいつも見ている字幕洋画は、”アニメに近い”のだと思う。

人物は外国人であり、風景や建物も異国のもの。おそらく、自分の頭の中では「とてつもなくリアルなアニメ」として、認識されているのではないだろうか。

けれども、では、韓国映画はなぜ楽しめるのか?

顔も同じアジア系であるし、街並みもそこまで異なる訳ではない。

内容がダーティーかつ面白いというのもあるかもしれないが、やはり”字幕”の効果も大きいのではないかと思う。

文字を読んで、会話やストーリーを認識する。これによって文学寄りの楽しみ方。すなわち、基準や感覚がフィクションの方に寄るのだ。

日本人が日本語で演技をすると、現実として認識してしまい、自分の中のシニカルで共感性羞恥を持つオタクくんが、どうしても現れてしまうのだと思う。

たすけて〜。

 

暗い映画が好きだよ。暗い人間だからね。

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