人間にしかできないことをしてみる

精神科に通っていた時に、ADHDの簡易テストを受けさせられたことがある。

結果から言えば、ADHDではなかったし、自分も一般的に言われているような「不注意」「多動性」といった症状に苦しめられているという意識は無かった。

(ほんのりアスペみたいなところはあると思っているが)

けれども、最近インターネットで「頭の中でおしゃべりが止まらない」という発達障害の症状を見かけて、ものすごく当てはまってるなー、と思った。

例えば、ご飯を食べていたり、本を読んでいたりするような、何かに集中しているときに「おしゃべり」は起こらないのだが、電車に乗ってボーッとしたり、ただ布団に寝転んでいると、頭の中でひとりごとが始まる。

「なんで生きてるんだろう」とか「人生めんどくさすぎる」のような人間の根源的なテーマから始まったり、「今日のあれ嫌だったなー」とか「さっきの会話ミスったなー」みたいな日常の出来事を起点に始まったりと色々だけど、そこから無限に連想ゲームが始まり、脳内でオートに思考が止まらなくなるのだ。

「考えている」というよりは、「考えさせられてしまう」と表現した方が分かりやすいかもしれない。

しまいには、連想ゲームによって、過去の嫌な記憶まで掘り起こされ、フラッシュバックや反芻思考と絡み、勝手にひとりで嫌な気持ちになったりする。

我ながらアホらしいな、と思う。

とはいえ、おしゃべりもうまくコントロールすることができれば、悪いことばかりではない。

現に、この文章だって発生した思考を整理整頓して書き起こしているという訳だ。

自分にできるのは、インターネットや本を読んで、脳内に新たな材料を与えること。そして、自動思考のバランスを取ることのみである。

1番バランスがいいのは「散歩」だ。

ゴロゴロしているだけだと、思考が煮詰まりすぎて、悪い方向に行ってしまうし、何か集中が必要な作業をしていると、おしゃべりはどこかに行ってしまう。

散歩は適度に暇な行為である上に、運動をしている時点で「生」が活発になり、ある程度のポジティブさがキープされる。

意識と無意識の間。ぼーっとしながらでもできる動き。

そんな時の思考が1番ちょうどよい。

つい最近、考えていたのは「生まれたからには何をするべきなのだろう」ということだ。

もちろん、人生に意味なんかないのだけど、自分が生まれてから死ぬまでにフォーカスすれば、「〜するべき」という道しるべようなものはあるかもしれない。

1つの答えだと思うのは「人間として生まれてきたのなら、人間にしかできないことをするべき」ではないだろうか。

(鳥は空を飛び、魚は海を泳ぐ。人間もそのようにするのが自然ということだ。)

人間の大きな特徴といえば、「知能の発達」「社会的動物」ということである。

まず、思い浮かぶのは文化的な活動だ。

そのような快楽に従う事を否定する訳ではないが、食べたり寝たり繁殖するのは、動物だってできる。

学問や創作の探究などによる、知的な快楽を堪能できるのは人間の特権ではないだろうか。

次に、文化と社会を繋ぐのが、信仰である。

ここでいう信仰とは、特定の宗教を信仰することのみに限らない。価値観を共有することも含む。

例えば、現代だって、お金というただの紙切れをありがたく思う人ばかりであり、通帳の数字が増えるだけで「幸せ」を得られるのは大多数の人類が資本を信仰しているからだ。

無理矢理やらされる宗教、日本社会の常識や同調圧力が万人にとって心地良いはずがない。

自分なりの価値観を見出し、(既存のものでも構わないが)自分なりの信仰を得るべきであるのだ。(さらに、それを共有できる仲間がいればすばらしい。)

そして、最後に、社会でのポジショニングである。

社会を営む生物は他にもいるが、ここまで「大きくて歪な巣」と「細かな役割分担」が存在するのは人間だけだろう。

とはいえ、「人間らしい社会での在り方」というと矛盾した表現になってしまうかもしれない。

なぜなら社会に所属している時点で、既に「人間特有の在り方」であるからだ。

例えば、サラリーマンは無難だとか平凡だとか、つまらない生き方と言われがちである。

しかし、人を扇動して金を稼いでいる人は「今を生きよう」「人生嫌なことやってる暇ない」と言うけれど、安定した収入や社会的地位を得ることによって、充実した人生を送っているのなら、サラリーマンだって充分に特別で人間らしく、今を生きているのではないだろうか。

(生きてて辛いだけなら、何か改善の余地はあると思うが)

一方、ニートだって働かないという社会のポジションを担っていると考えれば立派なものである。

「働かないという仕事をしている」と言ってもいい。(働きアリの20%は働かないという)

それに、家族に養ってもらうにしろ、ヒモにしろ、生活保護にしろ、何もしないで生きていける生物は人間だけなのではないだろうか。

そういう意味では最も人間らしい在り方のひとつとも言える。

サラリーマンでもニートでも構わないが、もっと自分が輝けるポジションを探してみるといいだろう。

「何のために生まれてきたのか?」という問いにおそらく答えはない。

けれども、人間として生まれてきたのなら、「人間らしい行いをしてみる」というのは1つの正解だ。

そして、人間らしさとは「知能」と「社会」であり

① 文化を愛すること

② 信仰を持つこと

③ ポジショニングを意識すること

が人生を充実させるヒントになる、と自分は考えている。

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